■水
阪神大震災でなりより困ったのは水が使えないことであったという。飲み水だけでなくトイレも水がなければ流せないじゃないか。ラーメンも作れない。普段、あたりまえにして使っている水道の水だが、ありがたさが身にしみる。
ところで今は地震の話ばかりになっているが、思い起こせば去年の夏は大変な水不足で、夏中、水の話ばかりであったような気がする。幸いなことにドクトルカメさんの住んでいる富山県は一部をのぞいていつもの年のように水はふんだんに使えた。冬にたくさん雪が降るおかげである。ありがたいことであった。いっそ、立山の雪解け水を高速道路を使ってパイプラインで全国に分けてあげたい気持ちであった。

■日本人と水
ボストンでも水はふんだんに使え、かつ、きれいそうに見えたのでドクトルカメさんも日本の習慣で水道の水をそのまま飲んでいたが、渡米1月ほどしたある日、ボストングローブ紙を見ていて、ボストンのみならず、マサチューセッツ州の水道水の鉛の含有が、以上に高いのである。びっくりして知人に聞いたところ、そのことはみんな知っていて水道の水はだれも飲用にはしないという話であった。何のことはない、ドクトルカメさんだけ知らないのであった。
200年前に作った水道管は鉛管であったのだ。大人はまだしも子どもにはいかんせん都合が悪い。それでみんなミネラルウォーターを使うのであった。それ以来、スーパーマーケットへ行って、3.6リットル入りのものを買ってくるはめになった。ポリ容器1個90円ほどである。安売りの日になると3個200円ぐらいになる。ここで大発見したことは、日本食を作ろうとするとやたら滅多ら水が必要になるということであった。
日本にいるときはあたりまえで気がつかなかったことであった。まず米を洗う、炊く、野菜を湯がく、煮るから湯豆腐、天ぷらのつゆ、インスタントラーメンにいたあるまで日本食は豊富に水がないと作れないのである。水がなくていいのは刺身ぐらいのものである。そーめんなどはどんぶりにいっぱいに入れた水を、中身を食べた後は捨てなければいけなくてもったいなさがつのる。実に日本人の食べるものは水びたしである。まず、水がないとはじまらないのである。

その点、アメリカ人の食事は簡単である。パンを買ってきて、ステーキを焼いて、スパゲッティーを電子レンジでチンして、出来合いのサラダを並べておしまい。水がいるのはコーヒーぐらいなものである。他方、我々日本人は週に2回はスーパーへ買い出しに行かなくてはならない。それも、1回に6個も大きくて重い水の入ったポリ容器を持ち運ぶはめになった。
階段の昇り降りも大変である。手のひらにはポリ袋の紐の食い込んだあとがくっきり残る。こうして台所は水のポリ袋容器で占領されている。そのうち、この水代がけっこうばかにならないのに気がついた。そこで今度は空容器をスーパーへ持っていって水を詰めてくるようになった。スーパーのタンクにはちゃんとこの水には鉛は含まれていませんとお品書きが貼ってあった。ポリ容器1個、25セントで入れることができてかなりの水代の節約になった。
もちろん和食を食べなければこんな苦労は必要ない。しかし、情けないことに長く日本人をしていると3食ともパン食ではのどが渇いて仕方なくなるのである。どうしても1回は和食でないと欲求不満になってしまう。長く住んでいる人達は飲料水会社と契約していて、この3.6リットルの容器が10個程はいる大きなポリ容器を備え付けてもらって、なくなりかけたら配達してもらう方法をとっているようだったが、なかなかきっちり来てくれないと不満を聞くこともあった。こんなに水に苦労すると日本の水道は実にありがたいと思うのであった。

■レストランの水は
ところでアメリカのレストランへ入ると日本と同じようにまずコップに入った水が運ばれてくる。日本にいるときはレストランでだまって水が出てくるのは世界中で日本だけの習慣であるように聞いていたがアメリカでも席につくと無量の水をウエイトレスが運んでくれるのである。しかし、あれは水道の蛇口から出てくる水をそのまま運んでくるのであろうか。それとも、ミネラルウォーターの大きなボトルが店の奥にあってそこから水を出してくれるのであろうか。残念ながら真実を聞きそびれてしまったのである。