■いざ、タングルウッドへ
 ボストンでもうひとつ有名なのは、小澤征爾氏率いるボストン交響楽団である。
地下鉄のガバメントセンター駅からグリーンラインに乗ってシンフォニー駅で降り地上へ出るとすぐシンフォニーホールである。

 小澤征爾氏はボストン交響楽団のタクトを振って10数年、いまや世界で最も名前を知られている日本人のひとりである。しかし、年間の指定席となっているシートも多く、シンフォニーホールでの家族そろってのチケットは残念ながらなかなか手に入らない。

 一度ぐらいはと思っていたところ、夏の間はボストン響はボストンの西200マイルにあるタングルウッドに移って演奏会を開くということを聞いた。芝生席であれば当日でもチケットが手にはいるというのでドクトルカメさんも8月のある土曜日、4年落ちの中古車、アキュラインテグラに家族とビール、オレンジジュース、水、握り飯、串かつ、サンドイッチなどの食料とビニールの敷物をのせてだだっ広いハイウエイ、マサチューセッツターンパイクを西に向かった。

約3時間の道のりである。
トンネルもなく周りの景色も行けども行けども変わらないアメリカのハイウエイは単調で眠くなるが、女房殿はアメリカのハイウエイで運転なんてとんでもない!とおっしゃるので、ドクトルカメさんはブラックガムを噛みながら睡魔と闘うのである。

 しかし、ときどき道路に穴があいていたり、マーモットという動物の死骸がころがっていたりしてブレインを刺激してくれる。

■芝生でビール、のぜいたくな音楽会
 森の中に緑の芝生に囲まれた白い家が散在するタングルウッドの町はいつもはさぞかし閑静で美しいと思われるが、さすがに週末の演奏会のために車で込み合っていた。
しかし、込み合っているといってもまあ日本の混雑とはほど遠く、約15分ほどの待ち時間で野外音楽堂の横の芝生の駐車場に入ることができた。

 みんな、家族連れで、思い思いの食べ物やイス、敷物、座いすをもってきていた。男も女もほとんど短パン姿である。
演奏はもちろん建物の中であったが、開放式なのでまわりの安い芝生席でも楽しめるというわけである。
ビールやワインを飲んで芝生に寝転がってゆっくり演奏会の始まるのを待つのである。
何時から始まるか確かめなかったのでドクトルカメさんは酔いも手伝ってひと眠りしてしまっていたが、やがてスピーカーを通してオーケストラの響きが聞こえてきて目が覚めた。
 ビールを飲み、寝転びながら一流のオーケストラの演奏を聴けるというのもぜいたくな話だ。

 しかし、そのうち、もっと近くで演奏を聴きたいという衝動にかられ、音楽堂のほうへ行ってみた。周りも聴衆が取り囲んでいたがステージの横の方はひとが少なく、ドクトルカメさんもすぐ近くで小沢征爾氏の姿を見ることができた。もっとも、同氏は客席の日本人のほうには振り向かないといううわさがあるが...

 イス席は満員であったがその多くが団体客のようにみえた。(教訓その1:立ち見を我慢するなら建物のそばまで行って安いお金でじかにボストン響の演奏を聴くことができる)。

■行きはよいよい、帰りは…
 帰りはボストンの街の明かりを目指してまたひた走りである。
この時期のボストンは夜の8時ごろまで明るく、過ごしやすいが、10時近くになるとさすがに真っ暗である。それにアメリカのハイウエイは照明灯が少なく、道路脇に民家もビルもないので暗さが際だつ。家があるのはインターチェンジを降りてしばらく行った町の中しかない。

 そんなときに困るのは車の故障やパンクである。こんなご時世である。誰も夜中に手を挙げていても止まってくれるはずがない。頼るのは日本のJAFにあたるAAAしかない。
真っ暗闇の中をどこにあるかわからない電話まで歩いていかなければならないと思うとぞーっとする。ましてや、冬だったら死活ものだ。
幸い、ドクトルカメさんは中古車を買ったにも関わらず滞在中一度も車の故障を経験せずに済んだ。

 もうひとつ困るのはトイレである。男はまだ何とかなるがわが家は1女房と2人娘である。
娘が途中でおしっこをしたいと言い出した。そりゃそうだ、たくさんジュースを飲んだもんな。それもトイレでないと困るとのたまわる。道路脇ではダメだそうである。
 待て待て、いまパーキングがあったらはいるからとなだめてやっとたどり着いたパーキングのトイレはなんと鍵がかかって入れない! 
 なんたることだ。どうもあとから聞いたところでは午後4時以降はトイレには鍵がかかってはいれなくするのだそうだ。恐らく、危険防止のためだと思われる。
あのマイケルジョーダンの父親が襲われたのも確かハイウエイのパーキングだったはずだ。しかたがない、こんなときに目指すのはひたすらマクドナルドのあの赤地に黄色いMの看板である。マクドナルドならかならずトイレがあって、ハンバーガーを買わなくても使わせてくれるのである。

 もう我慢も限界というとき、明るく輝くM印のあの看板を見つけたときはまさに地獄に仏であった。用を足した後はコーヒーの一杯でも飲んであげようかという気分にさせられた(教訓その2:トイレを見つけたらいつも膀胱を空にするよう努めること)。
 再び、ハイウエイを東に走るうちにやがて山の端に見慣れたボストンの高層ビルの一角がみえてきてホッとするドクトルカメさんであった。